straight

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 彼女は昼休みの喧噪に負けない、それでいて周囲の雑談を邪魔しない適度な声量で僕の名を呼んだ。耳慣れない声に振り返り、見慣れない女子の姿に僕は聞き間違いを疑った。  少しつり目気味の大きな目に、すっと通った高い鼻。肩まで伸ばしたセミロングの黒髪と白い肌のコントラスト。大人びた見た目に先輩かと疑ったが、きっちりと結ばれたタイの色から同学年であることがわかった。知り合いの中に、そんな容姿の女子はいないはずだ。しかし彼女は僕を見たまま手招きをしつつ、 「清水君、ちょっといい?」  もう一度僕の名を呼んだ。戸惑いと淡い昂奮に声が上ずりながらも、僕は努めて冷静な様を装って席を立ち、呼ばれた方へと歩いた。解きかけの問題集は開いたまま、弁当箱の蓋は閉めずに、ポケットに手を突っ込むことだけは忘れずに。 「何か用?」 「ま、着いてきて」  彼女はくるりと廊下の方へ向き直ると、つかつかと歩き始めた。  ちょっと、おい……。咄嗟に文句が出かかったが、それを音にして発する度胸はなかった。自分なりのペースで着いていくことが、せめてもの抵抗だった。  外階段の踊り場で彼女は立ち止まった。あまりこの階段を利用する生徒はいないので、グラウンドで昼練に精を出す運動部の声が聞こえてくることを除けば静かなものだ。人目もない。 「ごめんね、急に」     
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