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 そんなことがあった、その次の日の朝。慎一が昇降口で「慎一君、おはよう」と甲高い声で呼びかけられ、その素っ頓狂な声に下駄箱に頭をぶつけそうになりながら振り返ると、その先には北川がいた。 「おはよう……何?声、どうかした?」 「…あのコって、こんな声、してない?」  北川は本来の声である低音ハスキーボイスで答えた。「あのコ」とは…伊藤の推しのことかと、慎一はしばらく考えてから、漸く思い至った。 「違うと思う…いや、口調は似てたかもだけど、声質はそもそも違うから、無理ある」 慎一がそう言っても、北川は納得いかないのか「あー、あー、」と裏返った声を出して諦めようとしなかった。  慎一は仕方なく、今度は念押しにはっきりと宣告した。 「北川さんがその変な声で喋ったら、伊藤は北川さんの事、嫌いになると思う」  北川は、ぴたりと高い声の発声練習をやめた。女の子に対して若干キツく言い過ぎたかと、慎一が少し後悔していると、横からあくびが聞こえた。慎一が横の北川を見ると、彼女はむにゃむにゃと目をこすっていた。 「寝てないの?」 「明け方まで、喋り方、マスターしようと思って動画見てたから。ふぁ~」  必死過ぎるだろ!と、案外可愛いあくびするんだな、というのが、慎一の感想だった。  慎一には、無理に出された妙な声の他に、もう一つ、北川の朝の挨拶に対して引っ掛かったことがあり、それに関して教室に向かう道すがらに、北川に聞いた。 「あのさ、さっきの、『慎一君』ってなんなの?」 「色々調べてたら、男子は意識してない女子から突然、下の名前で呼ばれると意識しちゃうって書いてあったの見たから、小田切君で試してみました」 「…伊藤は既に北川さんに告白されてるから、『意識してない女子』の枠に北川さんを入れてはいないと思うけど」 「あ、そうか」  北川は軽く舌打ちした。慎一は、人生史上初めて、女性が舌打ちするのを生で見た。 「やっぱり、いくら調べても、自分じゃ気付かない穴って多いし、これからも小田切君、よろしく」
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