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咲子の本番
「典男先輩、おめでとうございます」
「ありがとう」
1学年下の後輩である大関茜からの祝福の声に、僕は淡々と答える。おめでとうの言葉は今は要らない。僕の県大会行きは、計画のうちの1ステップでしかないからだ。
「始まるぞ」
僕は後輩たちに言う。僕の声を聞いて、皆続々とプールが見えるフェンスのそばへと集まってきた。女子50m自由形11組目。咲子ちゃんの出番である。
「4コース、鈴木咲子さん」
咲子ちゃんが礼をした瞬間、
「4コース!」
「咲子先輩!」
「頑張って!」
後輩たちの声援が飛ぶ。僕の口も開きかける。しかし、頬と耳と心臓に湧き起こる熱に耐えることができず、結局僕は口を閉じてしまった。
「位置について、用意!」
パン
号砲が鳴り、電光掲示板の時計が動き出した。咲子ちゃんは好ダッシュを決め、終始リードを保ったまま前半の25メートルを過ぎる。通過タイムは14秒台。このままいけば十分県大会への通過ラインは狙えそうだ。
ブレスの回数が少しだけ多くなる。でも、他の選手との差は縮まらない。そして咲子ちゃんはフィニッシュを決めた。タイムは31秒77。堂々の自己ベストタイムであり、この組1着でゴールだ。当然他の組の記録と合わせてみても、現在第1位である。
僕は咲子ちゃんに手をふったりねぎらいの言葉を投げたりする後輩を尻目に、大会のスタートリストの確認をしてみた。
女子自由形の第12組に出る選手は8名。この中の5位の選手のエントリータイムは32秒01で、咲子ちゃんの記録とは0秒2以上の差がある。僕は少しだけ胸をなでおろすと、再びフェンスへと戻った。
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