咲子の本番

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「位置について、用意!」  パン!  最終組の競技がスタートした。僕は固唾を飲んで試合の行方を見守る。大丈夫。きっと大丈夫……僕はそう心に念じながら電光掲示板に視線を移す。 !!  僕は電光掲示板を見て目を疑った。  電光掲示板は真っ黒。タイムどころか、文字ひとつたりとも表示されていなかったのである。 「手動だ!手動!」  ゴール地点にいる審判の1人がそう叫ぶ。通常水泳の公式試合ではタッチ板に組み込まれた機械を使用した自動計測が行われる。ただし、機械のトラブルなどで自動計測ができない場合に限っては審判員がストップウォッチで計測した時間、つまり「手動計測」のタイムが例外的にそのまま公式記録となるのだ。 「何?手動だって!?」  僕の隣で競技を見ていた顧問の高岡先生がそう叫んだ。無理もない。手動計測は機械のセンサーを介さない分、自動計測に比べて速いタイムが出る傾向がある。平均で0秒1程度、場合によっては0秒2以上の誤差が出ることだってあるのだ。 ――頼む、勝ち残ってくれ!  競技が終わっても電光掲示板には文字が表示されない。僕は目をつぶり、両手を胸の前で組んて祈りをささげた。  5分後、放送が鳴り響く。 「女子50m自由形タイムレース決勝 結果をお知らせします。1位 松尾桃子さん29秒91、2位……」  僕の胸が高鳴っていく。自分自身のレースの結果発表よりも緊張している僕がそこにはいた。 そして、その時はやってくる。 「5位 金子みずほさん 31秒75」  勝利の女神様はときに残酷なことをする。コンマ02秒の大きすぎる差。咲子ちゃんの最後の夏の終わり、そして僕の夏の終わりが無情にもここで告げられた。
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