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「さあ、もう3分が過ぎちゃったわ。早くしないと。」
「あ、はい。」
そうだ。商談の準備をしなくてはいけないのだ。
電話ボックスの錆びかけのドア枠をを掴み、勢いよく開け放って外に出る。
おばあさんは、私を見送るようにドアの縁に立っている。
「あなた、魔法使い?」
最後に聞いておきたくて、おばあさんを見上げた。その目は、可笑しくてたまらない、と言わんばかりの表情を映している。
「私をそう呼ぶ人もいるよ。だけど残念ながら、かぼちゃの馬車は作れないからね。自分の足で、しっかり歩いて行くんだよ。」
なんだかおかしくなって、ふふっと笑ってしまった。おばあさんも笑っていた。私たちは小さい頃からずっと一緒にいる友達同士みたいに、顔を見合わせ、声をたてて笑った。
「はい。分かりました。行く先も舞踏会なんて良いもんじゃないしね。」
舞踏会じゃないけど、きっと私が輝ける場所に繋がっている。
おばあさんは、シルバーの瞳で頷いた。
「さあさあ、行った行った。」
おばあさんが手を振る。
私も2回ほど手を振り、くるっと回れ右をして早足で歩きだす。
鞄の中で、資料や商品のサンプルがずっしりと重さを主張してくる。
ポジティブなエネルギーが、黄色くて瑞々しい粒になって血液と一緒に全身を駆け巡っているようだ。
頭の中で、堂々と自社の商品をアピールする自分を想像する。
自分を素敵に見せることって、仕事をする上でも大切なことなんだ。
上司や先輩たちとは違う方向から、仕事の楽しみ方を教えて貰った気がした。
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