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そんなことを喋っていたように思う。あとは覚えていない。何の意味もない他愛もない話だ。僕が喋ることが大半で、彼は相槌を打っていた。たまに彼が喋ったと思うと、僕はその話を静かに聞いた。そしてまた僕が喋る。彼は相槌を打つ。その繰り返しだ。昔から変わらない、二人のリズム。
しばらく喋ってから、店を出た。勘定は二人半分ずつ、そこに差はない。話によると、彼は地方の図書館の司書のようなものをしているようだった。
決して給料は高くなかったが、合間に好きな本を読むことが出来たし、書庫特有の静かな雰囲気を彼は気に入っているようだった。
いつもそうだった。彼の周りは、不思議と時がゆっくりと流れている。そういう不思議な能力を持っているのだと、僕は学生時代から思っていた。人を落ち着かせる速度だった。例えるなら、嵐の日の深い川の底のように。僕は何か能力を持っているのだろうか。考える。考える。
影が現れた。いつからというわけではない。いつも影はいて、闇の中からひっそりとこちらを見ている。
影は言う「君に能力何てないのさ。君にあるのは能力じゃない。ただ言われたことを何の疑問もなくやり続ける。機械みたいな習性だけだよ。君の環境のせいなんかじゃない、生まれつきのものだ。愚かな君は彼と一緒にいれば君も特別な存在になれるとでも思ったのかい? なれないよ、君を作るのはいつだって君の中にある君だけだから」
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