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序章
声がする。
小さい頃から耳に馴染んだ優しいその人の声が、俺の名前を、必死に呼んでくれている。
彼の口からは二度と、聞くことはないと思ってた。俺の、名前を。
「……、…………!しっかりしろ、目を閉じるな!」
…うるさいなぁ。もう少し、寝かせてくれよ。
そう文句を言おうと瞼を開けると、あいつの目からぽろぽろ涙が零れるのが見えた。
「そうだ、目を閉じるな。そのまま寝てしまうんじゃないぞ、馬鹿野郎…っ!!」
なんでそんな顔をしてくれるんだろう。
全く、貴方って人は本当に…。
「…か、なぃ、で…」
上手く力の入らない腕を、それでも必死に、その人の頬へ伸ばして涙を拭ってやる。
そのまま落ちそうになる手を、彼はしっかりと握り返して僕を見下ろす。
その瞳にはまだ、新しい雫が溜まって零れ落ちる。せっかく、拭ってあげたのに。
「馬鹿、だなぁ…。……、が、泣く必要、なんて、…な、ぃ…」
ああ、億劫だ。わかっているけど、何だか本当に、だるい。
体が重くて、言いたいことの半分も言えやしない。
そんな顔、しないでよ。むしろ、俺のことを、もっと罵っていいんだよ。恨んでくれて、いいんだよ。
けど、そうだな…俺はやっと。
やっと、貴方に直接、こう言えるんだよな。
「ーーーーーー」
結局あの日、お前に向かって言えなかった言葉を紡いだのは。
最後まで言えなかった、俺の……。
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