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◇
しばらくして、静かに、秦盟が切りだした。
「花帽に薊の花をつけたいんだ。贈ってもらえるだろうか?」
薊花は息をのむ。
「薊? 薊を?
花帽に薊を?」
信じられない。
登階及第者たちが、初めての登城の時にだけ身につける習慣である花の一枝か二枝を挿した帽子、花帽。
花帽につけられる花々は、及第者を支援する有力者の力を示すものになることが多い。金の芙蓉花、銀の玉蘭花の類だ。
さもなければ、名のある妓女からの贈り物の生花。梅や桃など、見栄えのする風流なもの。彼女たちからの花の贈り物は、一流の妓女が相手にするほどの教養と財力を持っていることを示す。
だからこそ、薊花は耳を疑った。
この数日で、支援してくれる有力者から、花帽につける花を贈られなかったのだろうか?
それに、よりにもよって、薊。
薊は、野の花だ。それも、ありふれた、棘のある、畑にはびこれば始末におえない野草の、珍しくもない花。それを花帽につけるなど、常識では考えられない。
「俺は、野にいたい。風が吹く、君のいる野に、ずっと一緒に。
薊は、媚びない花だ。すっくりと立ち、時に俺の背さえ越える。摘もうとすれば手に掻き傷のひとつもできる。
そんな花だからこそ、俺の初心をあらわす花として、花帽につけたいんだ」
「でも、今は、まだ春になったばかりで、薊は……」
はっと、薊花は秦盟を見た。
「お貸しすることはできますが、お贈りすることまではお許し下さい」
おもむろに、薊の花をかたどった簪に手をのばす。
「これは、私の命のようなもの。
持っていれば、きっと、あなたを守るでしょう」
「剣に、できるのだったな」
「ええ」
薊花は簪をひとふりして黒刃の剣に変え、すぐにもとにもどす。
「私の意のままです。あなたを守りたいという私の思いがあるのですから、あなたの意にも従うでしょう」
「ありがとう。ありがたく、借りさせてもらう」
秦盟は、薊花に、深く頭を下げた。
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