その日、彼女が死んだ

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 発売されたその日のうちに、私は近所のコンビニにそれを買いに走った。  私が自殺デバイスを手にしてレジに行くと、中年の店員はぎょっとした顔をした。 「姉ちゃん、死ぬつもりなのかい?」    精算を済ませる間、店員はやけに馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。 「まだまだこれからって歳なのにもったいねえ。俺みたいに三十過ぎて定職に就けないクズだって、こうして生きてるっていうのにさ」  私は返事をしなかった。  内心では、だからどうしたと思っていた。お前がどういう境遇だろうと私には関係無い、と。  きっと私以外にも、こういうお節介な店員に煩わされる購入者が全国にいるのだろう。欲を言えばネットなり自販機なりで買えるようにして欲しいところだったが、残念ながらそうもいかないのである。  自殺と見せかけた他殺に利用されるのを防ぐために、人の目がある店頭で指紋と声紋を登録しなければ使えない仕様になっているのだ。  使用する時は、デバイスに指を押しつけて「私はこれから自殺します」とはっきり口に出す。するとデバイスはサーバーと通信を行い、指紋、声紋が事前に登録されたものと一致するかの確認を行う。  そうして確認が取れた場合のみ、デバイスに押しつけた指から薬剤が注入されるのだ。  登録を完了させるためには各販売店に配られているキーが必要なため、自分一人で勝手に登録することはできない。悪用を防ぐために必要な処置だということは理解できるが、他人に邪魔されることなく死にたい私としては、面倒な話だった。  私は、死ぬ死ぬと他人にアピールして止めて欲しいだけで、本当は死にたくないかまってちゃんではない。  苦痛を味わいながら死ぬのは嫌ではあるが、死にたいという気持ちは本物なのだ。
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