その日、彼女が死んだ

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 自分が今まで、私にどれだけのことをしてきたか分かっているのか?  ここで私が彼女に「死なないで」などと言ってしまったら、彼女を許したことになってしまう。  彼女は自分の命を人質にして、私から許しを脅し取ろうとしているのだ。  そんな手になど乗ってたまるか。どうせ向こうは、本気で死ぬつもりなど最初から無いのだ。 「私が止めるわけないじゃん」  自分でも意外なほどに、冷たい声が出た。 「そんなに死にたいなら、さっさと死ねば?」   彼女の口から、「はは……」と乾いた笑いが漏れた。 「だよね。止めるわけないよね…………私はこれから自殺します」  最後の言葉が私に向けられたものではなく、デバイス起動のためのキーだと気づいたのは、糸が切れたかのように彼女の体が倒れた後だった。  そうなってなお私は、それが何かの冗談だと思っていた。倒れる彼女の表情が、幸福な一時(ひととき)を過ごしているかのように穏やかな微笑みを浮かべていたからということもある。  だが駆け寄って確かめてみると、彼女はその表情のままに呼吸も脈も止まっていた。  狼狽する一方で、頭の片隅で私は安堵してもいた。  そうか。こんな風に一瞬で、楽に死ぬことができるのだ。  彼女はその身を以て、私にそれを示してくれたのだ。
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