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光一には、ララと言うのが先程貴絋の体を乗っ取った者の名前だということが話の流れで読み取れた。しかし、彼女を嫌がっている割には名前を気軽に呼んでいる貴絋を見ていると、どこか好意的な雰囲気も読み取れる。彼はいつも、あまり親しくない人の事を名前で呼ばないからだ。しかしこんなことを発言すれば彼は絶対に怒るだろう。光一はその考えをそっと胸にしまって、あたりさわりのない質問をする。
「お母さんになにも聞いてないの?」
貴絋は目を伏せたまま暗い声で答える。
「……聞けるかよ」
光一は、『どうして?』と尋ねることができなかった。先程貴絋の母親との事を聞いたときに感じた彼の内面が、自分にはわかりようもないほど繊細な部分であることを感じ取ったからだった。気軽に踏み込んではいけない場所だと感じた。
ただ煩わしい母親に単純に距離を置いているのではなく、それを本当はどうにかしたくて苦しんでいるようにも見えた。
――心配をかけるのが嫌なんだ。
光一はそう解釈してそれ以上は口を閉ざした。
□
その夜、貴絋は寝ている最中に突然起き上がった。
テーブルに開いたままにしてあった算数ノートに『ごめんね』と書き残すと、再びベッドに入り、そのまま眠りについた。
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