焼きうどん

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焼きうどん

 靴箱を目前にして貴絋(たかひろ)の足は止まった。そこを通るのは物理的にはいとも簡単なことなのだが、彼の精神に負荷をかけるものが存在している。  神森ダイアナ央子。靴箱の段差のところに座り込み、あろうことか肩を震わせ泣いている。それを見つけた貴絋は、そこを素通りするのか、声をかけるのか、とても悩んだ。悩む時間が惜しかったが、とりあえず悩んだ。  朝の事がなければ確実に素通りしていたはずだったが、あの悲しみの詰まったダイアナの瞳を思い出すと、声をかけないのがとてつもなく悪いことに感じてしまい、足が止まる。  だが時間がない、こうしてはいられないのだ。 「おい、どうしたの」  思いもよらない相手に声を掛けられたダイアナは、すぐに顔をあげて振り返った。 「タカヒロ……」  顔を上げた彼女の顔を見て、貴絋の心臓は跳び跳ねた。いつもは強気なダイアナの笑顔が、今は涙に濡れている。 「やだ、恥ずかしい」  貴紘に背を向けるとスカートのポケットからハンカチを取りだし顔を拭く。ハンカチなど持ち歩かない貴絋には、その行動がずいぶん女の子らしく見えた。 「ハブられたんか?」     
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