肉じゃが

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肉じゃが

「あらっボクまた来たの! 何回来たって売れないよ! 法律で決まってるんだから」  レジの女性は貴絋(たかひろ)の姿を見るなり言った。彼の手元に目をやると、案の定味醂(みりん)が握られている。 「だから、お母さんと来てねって言ったでしょう? それにボク、学校はどうしたの? そこの学校の生徒さん? あんまりしつこいと先生に電話するよ!」  貴絋はその言葉に動じることもなく、おもむろに口を開く。 「バーチャルボーイ」 「な、なにいってんの……ハッ! 未成年が知る由もない言葉……!?」 「エアマックス狩り・8cmのCD・中村名人・ポケベル」 「も、もしかしてボク……成人だったのかい!?」  レジの女性は、もう一度貴絋をよく見た。さっきまでといくらか様子が違うことに気がつく。表情が穏やかになっているし、動作が落ち着いているように見えた。その瞳に燃える蒼き炎が、就職氷河期を意表を突いた面接で突破することができた強者にしか宿らないものだということを、彼女は知っていた。 「後生です。売って頂けませんか? 綺麗なお姉さん」 「綺麗なお姉さんだなんてそんな、本当のこと言われたら照れちゃうわ……300円です」     
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