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言い出せないのだ。言えばきっと喜んで来てくれるのに、貴絋にはそれがわからない。
自分のために彼女に時間をとらせることがものすごく悪いことに感じてしまい、いつも言えなかった。
しかし今回は花枝に念を押されてしまった。
貴絋の胸の中で膨らんだ憂鬱が、彼の歩みを普段よりもいくらか遅くさせる。
□
夕飯の開花丼|(らしきもの)を目の前にして数分経ったが、貴絋はまだ言い出せないでいた。真織の顔をちらりと見てみると、目が合ってしまった。真織は貴絋の視線に気が付くと、ニッコリと笑って見せる。最高の機にも、貴絋の口から言葉は出てこないままだ。
「そう言えば、今日先生から電話があったよ」
貴絋は驚いて目を見開いた。花枝に先手を打たれていたのだ。助かったと思う気持ちと、ここまでの気苦労が無駄だったと思える気持ち、だけど真織の内心を考えると――気まずかった。
「プリント、持って帰ってる?」
「……無くした」
「あらら」
やっぱり真織は怒らなかった。それどころか、申し訳なさそうに自分の非を述べる。
「お母さんがちゃんと聞かなかったからだね。ごめんね」
――違う、そうじゃない。
思ってもないことを言うのはとても簡単なのに、本当の気持ちを口に出すことは何故こんなにも難しいのか。
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