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貴絋はまるで、過労で今にも死にそうなサラリーマンのように小さく呟く。
――早く! ララ出てこいよ!
そう何度も心の中で呼び掛けるのだが、とうとう彼女はその姿を現さなかった。
「いただきまーす」
真織のはずむような声を聞きながら、貴絋は頂上のラズベリーをフォークで端に寄せた。小さく地味な色合いのくせに、やたらと存在感のあるエグいフォルムは憎たらしいことこの上ない。特別嫌いというわけでもないパンケーキの生地から始末しようと試みたとき、背後から聞こえてきた朗らかな声にその手の動きを止める。
「辻さんじゃないっすか!」
真織の視線が貴絋の後ろを捉えた。
「隣、いいっすか」
明るい男性の声だった。その声の主は真織の返事も待たず、勝手に二人の横のテーブル席へと座った。
ようやく視界に入ってきたその男を、貴絋は凝視した。
新入社員というにはフレッシュさがなく、勤続歴10年と言うには頼もしそうにも、くたびれても見えない。年齢は予想がつかないが、恐らく20代の後半といったところか。
「徳重さん。今日はすみません。お休みを頂いて」
真織はフォークを置くと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「やめてくださいよ、有給なんだから当たり前の権利ですって!」
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