パンケーキ

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「でもびっくりしちゃった、貴くんがあまりにも礼儀正しく挨拶出来てたから」 「この皿あのオッサンの顔面に投げつけた方が良かったか? パイ投げみたいに」  それならこっちもある意味助かったけど。  真織は両手で顔を覆って笑い続けた。肩が愉快に震えている。  その手の裏の瞳に涙が滲んでいるのは秘密だ。いつも無愛想な貴絋が恐らく大嫌いであろう作り笑いまでして、あの場を乗りきってくれたことに健気さを感じて泣けてくる。それに、挨拶の言葉、――母がいつもお世話になっています――どこでそんな言葉を覚えたんだろうという疑問の前に、何より彼が自分を「母」と呼んだのは本当に久しぶりのことで、それが嬉しかった。自分でもまさか涙が出るほど嬉しかったのかと驚いている。ずっと子供だと思っていた貴絋が、知らないうちにしていた成長を思うと誇らしい反面、無性に寂しくも思える。一番近くにいる自分がどうしてそんな成長にも気がつけなかったのかという気持ちもそこに含まれていた。  ――笑いすぎだろ。  暫く肩を小刻みに震わせている真織を見ながら、――ババアになるとくだらないことで笑えるのが羨ましいな、と貴絋は思った。  やっとのことでパンケーキを食べ終えたのは、それから一時間も後のことだった。  □     
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