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胸焼けする体で足取り重く自宅マンションのエントランスを二人歩いた。もちろん、胸焼けしているのは一人だけだが。貴紘は真織がポストから郵便物を取り出すのを、なんとなく眺めていた。いつもなら一人でさっさとエレベーターの前まで向かうところだが、今は胃が重くて歩くのすら辛い。
真織は手にした封筒を険しい表情で見つめていた。普段なら見ることがない表情だ。
「どうしたの」
貴紘が気になってその封筒を覗きこもうとしたとき、真織は我に返ったようにいつもの穏やかな表情を取り戻した。
「保険の勧誘よ。しつこくてうんざりしちゃう」
部屋に帰ると真織は手を洗うよりも先に自分の書斎に入った。ドアを開ける音がしてすぐ、シュレッダーの音が聞こえてきた。
貴絋は手を洗いながら、カフェでの出来事を思い返していた。鏡の中の自分は、少し疲れた顔をしている。今日は真織の普段見えなかった部分を垣間見た。彼女の親のこと、職場での人間関係。しかしそれは、自分には踏み込めない場所であった。
どうでもいいはずなのに、胸のどこかがチクリと痛む。それは寂しいというより、気が付かない内にいつもすぐ傍にすり寄ってくる、重たく暗い不安に似ていた。
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