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貴絋が怒り心頭で手を洗っている最中、個室のドアが開いた。鏡でそれに気付いた貴絋はぎょっとする。
――誰かあそこに入ってたんだ。確実に独り言聞かれたな!
思わず口笛を吹きそうになった。しかしその個室から出てきた人物を見て、貴絋は非常に気まずい思いを持った。出てきたのは直也だった。
――せめて他のクラスの奴だったら良かったのに……。
「今誰かと話してた? なんか怒ってたみたいだけど……」
「ああ、ゴキブリ出たから思わず叫んじまった」
目を見て嘘をつくことがどこか心苦しく、視線をそらした先に見たものは、直也の体操着入れだった。彼はその袋を持ったままトイレに来ていた。
「てかお前……なんでそれ持ってんの。ここで着替えたの?」
直也は「しまった」と言わんばかりの顔をしたあと、固まったままそこに立ちすくんでいる。
貴絋は、彼の適当な嘘も付けない性格に少し同情した。
「ま、いいや。じゃあ俺行くから」
そう言い捨ててトイレを後にした。好奇心がわかないと言えば嘘になる。しかし、そんな気持ちをはらんだ瞳を向けられる事が、時には死ぬほど不快なことを貴絋は知っていた。それが許されるほど彼とは親密でないことも。
『さっきの子、どうしたの? 何か困ってたんじゃないの? 助けてあげればよかったのに』
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