チキン南蛮

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 自分が生意気な父親によく似ていることは自覚していた。だけど、こんな見ず知らずのババアになぜそんな風に言われなければいけない? わずかな怒りの炎がくすぶるのを感じたことで、父親に対する情がまだ自分の中にあったことを思い出す。情けない、でもどこか少し安心したような、不思議な気持ちだった。  だけど、そもそもこの他人が自分のことを知っていることが怖かった。こいつは一体誰なんだ。  一方直也は、自分の肩に触れた貴絋の腕が震えていることに気が付く。 「真織は? 真織はどこ? 聞けば離婚してわざわざあなたを引き取ったと言うじゃない。悪いことは言わないから、父親のところに行きなさい。なぜ真織があなたの世話をしなくちゃならないの」  貴絋はまた一歩後ずさった。心臓がどきどきしてきて、体の真ん中がジワジワと熱くなってくる。胸に眠る不安とおそれがそれ以上先を聞きたくないと、必要以上に暴れていた。 「あなたがいなければまだ真織はやり直せるんです」 『ダメッ!!』  貴絋の意識はそこで途切れた。ララが体の権利を得た瞬間、頬に一筋の水滴が流れた。貴絋の残したものか、ララの感情が溢れたものなのか、彼女には判断する暇もない。  突然響き渡る高音に、一瞬場の空気が止まった。今までに見たことのない貴絋のあからさまな動揺と、目の前のとてもおそろしい剣幕の女性を敵だと判断した直也が、防犯ブザーを鳴らしたのだった。 「ナイス防犯ブザー!」     
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