チキン南蛮

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 直也は、貴絋のいつもと少し違う雰囲気に少し驚いた。家だとこんな風に刺々しさがなくなるのかも知れない。  それに、さっきのお婆さんとの事がとても気になった。貴絋は何も話さない。あんなに狼狽えた貴絋を見るのは初めてのことで、心ないことを叫んでいたあのお婆さんがとても怖いと思った。  辻くんも、何かフクザツな問題を抱えているのかもしれない。直也はそう感じると、少し胸が痛くなった。 「だーめ、ごはん炊くのが先」  卵を割ろうとした直也を、貴紘が優しく止めた。花の咲いたような彼の笑顔に、直也は顔を赤らめる。こんな風に笑う貴紘を見たことがなかった。なぜか耐え難い恥ずかしさを感じ、思わず視線を反らした。  丁寧に使われているのだろう、炊飯器には傷ひとつない。キッチンは綺麗に片付いていて、汚れた皿が貯まっていることもなかった。直也は自分の家との違いを実感して悲しくなった。  米を洗い終えた直也は、炊飯器の「早炊き」スイッチを押すと、卵焼きに取りかかる。  作れると言ってみたものの、前回作ったのはいつだったか。貴紘の方を見ると、慣れた手つきで豆腐を切っている。手の上で包丁を入れる様子は、料理上級者だと思った。調理実習ではあれほど手際が悪かったのに、家だと慣れているから上手にできるのかな、と感心する。     
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