チキン南蛮

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 直也は卵を割ろうとしたが、緊張のあまりそれを床に落としてしまった。ライトグリーンの清潔なキッチンマットに、潰れた卵が残酷に飛び散る。 「ご……ごめんなさいっ!!」  今度はキュウリを切っていたララが、直也の突然の大声に驚いて包丁を止めた。見ると彼は今にも泣きそうな顔で散り散りになった卵の殻を拾っている。 「気にしないで」  ララは素早く卵を拭き取ると、マットを洗濯機の方へ持っていった。直也は今にも土下座しそうな勢いで頭を下げる。 「ごめんなさい……!」  ララは驚いて直也を見た。怯えた表情で自分を見つめる直也に、ララの抱えていた疑惑が確信に変わる。 「大丈夫だよ。大したことじゃない。オレなんか毎日卵を人に投げつけてるよ」  確かゲームのなかで。  元気付けるつもりで直也の肩を軽く叩いたのに、彼は肩に触れるとすっとんきょうな声をだして床に座り込んだ。 「ごめん、ほら」  差し出した手を直也は遠慮がちに掴む。立ち上がった直也を改めて見つめたララは、彼を抱き締めてやりたい衝動に駈られた。  なんて細くてちっぽけなんだろう。そんな直也に付けられたキズを思うと、何もできない自分をもどかしく感じた。  □ 「ちょっとトイレに行ってくるね」     
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