オムレツ

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 見るも無惨なオムレツを目の前にし、貴紘は最大のピンチを迎えることとなった。これを食べさせなければ真織の立場がないのに、これを食べさせると直也は死んでしまう。だけど、どちらかを天秤にかけるまでもなく、答えは決まっていた。人の命より重いものはない。 「勝手に泊まってごめんなさい……」  必要以上に何度も頭を下げる直也に、真織の方が恐縮してしまう。 「いいのよ! 私も昨日は留守にしてまして……お友達がいてくれた方が安心だもの、ねえ貴くん」  貴くんって呼ぶな。そう言い返す気持ちは沸かなかった。それよりどうやってこのオムレツを回避するか、その問題の方が彼にとっては重要であった。 「さあ食べて!」  直也は真織に言われるままに席につく。心なしか彼の目に涙が浮かんでいる気がする。だめだ、早くなんとかしないと。 「こいつ玉子アレルギーだから」  貴絋がそう言った時にはもう遅かった。直也は既に手を合わせ、フォークを持ってしまっていた。 「牛乳いかが?」真織が優しく微笑んで直也の前にグラスを置く。直也は少し驚いた顔をしたが、"頂きます"と丁寧にお辞儀する。続いて彼がフォークでオムレツを運ぶところを見、貴紘は思わず叫ぶ。 「やめろ!! 自殺行為だ!」  直也は食べるのをやめなかった。もはや玉子とも見えないその塊を飲み込むと、眉をしかめて涙をこぼす。  遅かったか。貴絋が違う意味で手を合わせようとしたとき、直也が放った言葉に耳を疑った。「おいしいです……」     
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