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男はまるで不快なものを見るような視線で貴紘と直也を見た。貴紘はその視線をまっすぐ受け止める。視線を反らせば負けなどという下らない反抗心が沸き上がってしまった。だけど、本来ならここに居てはならない男。直也の家庭を破壊した一因がこの男にないわけがない。
「フン、小綺麗な格好しやがって。いいよなぁ子供達ってやつは、お気楽でさ」
この状況を知っていながら、「子供はお気楽」などと言える神経が燗に障った。
「もう、ここには二度と帰らせない。……直也、行くぞ」
「おいおい、正義のヒーローのつもりか?」
貴紘は男の顔を、最上級の不愉快な表情で一瞥すると、直也の肩を寄せて背中を押した。そのままリビングの扉を抜けようとしたとき、後ろから肩を掴まれて、振り向くとそのまま男に殴られた。
「辻くん!!」
直也の声にならないような叫びが貴紘の耳の奥で聞こえた。気が付くと床に倒れ込んでいて、一瞬何が起きたのかわからなくなる。目の前には被っていた黒いキャップが転がっていた。すぐに頬が熱を持ち始め、次第に痛みが広がっていった。
初めてグーで殴られた。明吉の平手打ちなんか比べ物にならないほど、クソ痛い。……だけど、「痛い」なんて死んでも言うもんか。
生ぬるい感触が顎を伝うのに気が付き、恐る恐るそれを指で確かめると目眩を覚える。赤い血が彼の指を汚していた。
「ちょっとあんた……よその子供はまずいよ」
全然まずいと思っていない、どこかに愉悦を含んだ母親の声が静かに聞こえる。
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