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貴紘が気が付くと、真織に抱き締められていた。淀んだ空気のこもった部屋で、真織の髪から香るココナッツのような香りが貴紘を安心させる。こんな風に抱き締めてもらったのは、いつぶりだろう。さっきまでの恐怖とはあまりに遠くに位置する安らぎに、涙さえ出そうになった。しかしすぐに思い直す。
一体何がどうなって俺はこうなってるんだ?
ってか、なんで母さんがここに?
「ちょっと……離せ、直也は!?」
呆然とそこに突っ立っている直也を見つけて、貴紘はひとまず安心した。
改めてこの部屋を見て、目を反らしたくなる。もう一秒たりともここにはいたくなかった。
□
直也はその日のうちに父親に保護された。真織に何度も頭を下げる父の姿と、直也の明らかに緩んだ顔を見れば、この父子が正常な関係であると理解することが出来る。
それでも貴紘は、これで良かったんだとは素直に思えない。あのとき見た直也の涙を思い出すとやりきれなくて、苦しくてたまらなくなった。他人の自分がここまで衝撃を受けているのだ。直也の苦しみは計り知れない。
「もう絶対にあんなに危ないことしないで」
真織が貴紘の手を握りしめながら言った。
「貴くんがお友だちの事をすごく心配してたのはよくわかるわ、だけど今回のコトは無茶すぎる……困ったことがあったら、お母さんに相談してほしかったよ」
貴紘は真織の顔を見ることができなかった。その顔を見なくとも、泣いていることが声でわかったからだ。
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