ハンバーグ

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 翌朝鏡で自分の顔を改めてよく観察してみると、真織に似ているところはひとつもなかった。まっすぐな形の眉も、柔らかなくせ毛も父親似。勝手にカールしている睫毛が気持ち悪くて本当に嫌いだった。真織の面影はどこにもなく、いつだって似ていると言われるのは父親の方だけだった。今ではそれも彼女の遺伝子が関与してないという証拠に思える。気を使った他人が、目元は母親に似ていると言ったことがあるが、目の形はどの人間だって大抵こんなものだ。  思い返せば、「貴紘」と呼ばれたことも怒られた記憶もない。それまで、何度か友達の家で"お母さん"を見たことがある。それに友達が愚痴をこぼす、母親は決まってよく怒る生き物らしかった。うちの母さんは優しくて良かったなと常々思っていたが、どうやら彼女は本当の"お母さん"ではなかったらしい。  これまで気にも留めていなかった些細なことが、突然ものすごく残酷なことに思えた。両親の仲が悪いのも、もしかしたら自分が原因なのかもしれない。  ここへ来るときはあんなに楽しみでしかたがなかった列車の旅路が、帰る頃には刑務所への道かと思うほど憂鬱に感じた。帰りたくない。帰ればまた両親の険悪な雰囲気のなかで生活しなければならない、まるであの家の中だけ重力が余分にかかっているみたいだ。それに、どんな顔をして真織と顔を合わせればいいのか。家に帰ってからしばらく真織の顔を見られなくなった。以後、真織のことを面と向かって『母さん』と呼べなくなった。  真織の態度は祖父の家に行く前と何も変わっていないのに、自分の内側だけが暗く冷たく凍っていった。 「俺と母さん、どっちと暮らしたい」     
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