ハンバーグ

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 貴絋は目を伏せた。昨日の記憶がない、なんて話したら、こいつはどんな顔をするだろうか。危ないやつだと思われるだろうか。  朝、真織と顔を合わせたとき、様子が変だった。「昨日は晩御飯を食べてないからお腹すいたでしょう? そのまま寝ちゃってたからよっぽど疲れてたのね」そう言って朝からハンバーグを食べさせられた。  真織に聞きたかったけど、出来なかった。  ――最近俺はおかしい。  寝ている間に窓を割った。病院で真織だけが医者に何か聞いていたのを見過ごすほど、呑気ではない。自分に何か起こっているのではないかと、心のどこかで疑惑が常にあった。 「母さんね、割っちゃった」  真織がボケて割ったのではない。  あの尋常でない食器の数を割ったのはたぶん俺だ。貴絋は夜中、そう確信した。  返事のない貴紘を見て、光一は心配そうに眉を寄せる。 「あのさ、お前……覚えがないのに何かしてたってこと、ある?」  やっと口を開いた貴絋から出た言葉は、要領を得ないものだった。  これは何かあったなと光一は思った。目を合わせないように話す貴絋は、いつもの尊大な態度がなく、まるで迷子になった幼児のように心細そうな顔をしている。     
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