サンマ

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 明吉が倉庫の鍵を開け重たいドアを引く。一見誰もいないように見えた。がっかりしてまたドアに手をかけたとき、静かな呼吸音が聞こえた気がしてもう一度中をよく見る。 「辻くん!」  先に声を上げたのは光一だった。彼が駆け寄った先は、隅に捏ねてあったマットの塊だ。その上に貴絋が仰向けになって転がっている。 「おい! 貴絋、大丈夫か!?」  慌てて様子を確認するも、よく寝ているだけだった。 「なんだ、寝てるだけか。びっくりした」 「辻くん! 起きてよ」  二人は貴絋の体を揺らして起こした。貴絋は素直に目を覚まして体を起こすと、二人の顔を見るなり笑う。今まで見たこともないような笑顔だった。言葉も出ず、固まる二人に貴絋は言った。 「少し体調悪いみたいだから先に帰るね。二人とも探しに来てくれたんだ、ありがとう」  そのまま振り返ることもなくさっさと体育館を出ていく貴絋を見て、二人はようやく意識を取り戻すと、お互いの顔を見合った。 「なに、さっきの」 「……わかんねぇ。けど、なんか……」 「可愛かったね」 「ああ、別人だった」  急いで倉庫の鍵を閉めて貴絋を追いかけるも彼の姿はもうなく、二人が教室に戻っても貴絋は着替えを置いたまま、戻ってこなかった。 「先に帰るって、家に帰るってことだったんかい」  明吉がそう言って肩を落とした。 「でも、なんだか辻くん変じゃなかった?」     
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