ラムネ

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 真織が入れたのだろうかという考えが一瞬頭をよぎったが、彼女は今日が社会科見学であることすら知らないのだ。むしろ貴絋自身も知らなかったことである。真織が知りようもない。  ひとつの仮定が浮かぶ。  朝起きたときアラームが切られていたこと。  勝手に着替えていたこと。  朝食を食べたらしい痕跡があったこと。  全部記憶がないのに実際にはそれをしたことになっている。  もしかして、寝ぼけたままアラームを止め、弁当を作り、着替えて朝食をとったのではないか。  ――俺、ヤバくね?  称賛の意味で。  しかも今日が社会科見学ということを忘れていたというのに、弁当をちゃんと作るとはもはや天才と言っても過言ではない。むしろ超能力者だった。 「辻くんこれあげるー」  呼ばれて顔を上げると、通路を挟んで向こう側に座った女子が、手を伸ばしてお菓子を渡そうとしている。 「松葉くんにも渡して?」  ほとんど話したこともない女子だった。貴絋はそれを受けとり礼を述べたが、表情は固いままだった。彼女も恥ずかしそうに笑った。  ――なんで俺に。こいつら、さっきからヘンだ。  もらったのは黄色いラムネ菓子だった。それを光一に渡すと彼も「ありがとう」と礼を言った。  車内がだんだんと騒がしく盛り上がってきたところで、貴絋はなるべく小さな声で光一に話しかけた。 「……なんか今日やたらと知らん奴に話しかけられるんだけど」     
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