減塩味噌汁

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 女性は一瞬目を丸くしてから、首を横に振った。貴絋は自分でも驚いた。どうやらお人好しの光一のそばにいると、こちらまで感化されてしまうらしい。 「いえ、そこまでしてもらうわけには」 「すぐそこじゃん。早く名前、あと代金な」 「……ごめんね。本当に助かる。」  女性はためらいもなく財布をまるごと貴絋に渡した。 「名前は(よろず)です」  その声に一瞬思考が止まってしまう。貴絋の旧姓と同じだった。割と珍しい名前らしく、今までに同じ名前の人に会ったことがない。  思わず女の顔を凝視した。貴絋の視線に気付いた女は顔を上げる。また目が合うと気まずく、貴絋は財布を握りしめたまま駆け出した。  ――まさか親戚、じゃないよな。  財布が雨に濡れるのを見て、光一の傘を借りてくるべきだったと思った。帰りには商品を持つというのに、このまはまでは濡れてしまう。  その反面、なぜ自分がそこまで気遣ってやらねばならないのだろうという、僅かな(いきどお)りも感じた。  □  タクシーがそこを去るのを見届けてから、二人はようやく歩き始める。光一の頭はもう随分濡れてしまっていた。それを見た貴絋からは思わずため息とともに心配という意味も含まれた文句がこぼれてしまう。 「お前、いつか変な壺とか買わされそう」 「え? どういう事?」     
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