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曇りのない眼から発せられた純粋な疑問が、貴絋の居心地を少しだけ悪くさせた。光一といると、たまにこんな気持ちになることがある。そんなとき決まって貴絋は、ひねくれた自分の事を嫌いだと思うのだった。
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「そこ座って、これで頭拭けよ」
貴絋からタオルを受け取った光一は、礼を言ってから頭を拭き始めた。貴絋のよりも随分短くカットしてあるその髪は、ドライヤーを使わなくてもすぐに乾いた。
「僕の父さんがさ」
おもむろに口を開いた光一の言葉に耳をそばだてる。「父さん」、今の貴絋にとっては、それが善悪関係なく特別な言葉だった。これから光一が何を話そうとしているのか知らないが、きっと重要な話なのだと感じる。
「医者なんだよね、それでよく他人の体調の心配をしてた。僕、父さんみたいな医者になりたいって、ずっと思ってるんだ」
「お前、親父さんに似たんだ」
貴絋が率直に述べた感想に光一は照れたように笑った。
思えば、初めて話した日も光一に心配をされていた。きっと素でそういう素質を持った優しいやつなんだと思った。そしてそれは父親だけでなく、母親からもきっと受け継がれている。
「さっきの人が二人で食べろって」
貴絋はパンが入った紙袋を光一の前に置いた。
「あっ! ここのパン知ってる。すぐ売り切れるやつだよね。僕現物初めて見たぁ」
「断ったんだけど無理矢理渡された。自分には食べられなくなったって」
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