2「落ちていた大辞典」

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 テレビでは、よく分からない政治のニュースが次々と流れている。高校入試に備えて、今のうちニュースを確認する習慣をつけなきゃいけない。そう考えると、いつも聞いているアナウンサーの声が怖くなってきた。黙々と休みなく出される言葉の流れに僕はついていけなくなっていて、まるで社会から自分が孤立しているみたいだった。  やばい、もう七時だ。 「ごちそうさま」  そそくさと食器を片づけ、着替え、歯磨き、持ち物の用意などの仕事を機械的に済ませていく。気がつけばもう、玄関のドアを開けていた。 「いってらっしゃーい」 「いってきまーす」  外にでると、さっきまで窓から部屋を柔らかく照らしていた日の光が容赦なく体中を刺していく。五月だからまだ夏ってわけではないけど、上下真っ黒の学生服に身を包んだ中学生にとってはかなりハードな温度だった。  ここから中学校まではだいたい三キロぐらいで、毎日山に囲まれた町の中を自転車で移動している。ここはそこまで田舎ってほどでもないし、都会でもない。「中途半端な田舎」だ。  玄関のすぐ横に止めてあった自転車にサブバックを積み、サドルにまたがった。目に映る景色が少し高くなると、今日はなにか楽しいことが起こるような、そんな感じがする。  小さく半周して進行方向を変える。いつも通りの朝だと思った。  だけど、今日は何か一つ、その「いつもの朝」に邪魔者が入った。 「……本?」     
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