2「落ちていた大辞典」

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 さっきは気づかなかったけど、玄関のすぐ前の地面に一冊の本が置いてある。深海みたいな深い青色をまとった少し厚めの、国語辞典くらいの大きさの本だ。  自転車を降りて、海の奥へ沈むみたいに、僕もその本に引き寄せられた。  やっぱり本だ。カバーは革だろうか。腰を曲げて手にとってみると、ざらざらした感触が右手の指を撫でた。  裏返してみると、金色で文字が書かれていた。こっちが表みたいだ。 「よしだ……ひろき、大事典」  深海の真ん中に、縦書きで「吉田広樹大辞典」。妙な光沢を放っているその七文字は、僕のことをどこか別の世界に誘っているようだった。
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