3「教室の男」

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3「教室の男」

 オレンジ色で照らされた放課後の教室は、寂しくもどこか熱気に包まれているような感じがした。  黒板の掃除、丸。戸締まりの確認、丸。これで日直の仕事は全て終わりだ。角がぼろぼろの日直ファイルを閉じて、教室で一人、カバンを背負った。  日替わりで交代する日直の仕事は、皆がそれぞれの部活に行った後もこうやって続く。僕はそんなことは無いけど、部活動に命をかけている様な人は昼休みの時間とかにほとんどの仕事を済ませてしまう。仕事が早い代わりに雑なので、再日直になる人が多い。 「ランニングー!」 「よぉーし!」  グラウンドからは野球部のかけ声が聞こえる。日に日に強くなっていくその声が、「中学最後の大会」という舞台を着々と築いていく。  多分、僕はその舞台づくりに参加できていない。入部はしてしまったから体を動かしてはいるけど、心がついていかない。声出しをするときも、円陣を組むときも、僕の気持ちはいつも前に向いていなかった。  教室を出て、ゆっくりと歩く。サブバックの中で、辞書が「俺はここだ」と重さで主張している。でも今からキツい練習が始まると思うと、そんな物はどうでも良かった。  一組の教室前を横切った時、机に一人座っている人がいた。僕みたいな運動部は今が頑張り時だから、きっと彼は文化部なんだろう。  自分も文化部に入れば良かった。周りに流されず、素直に自分に向いている道を選べば良かった。  作りかけの舞台の隅で、今更そう思った。
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