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そういや、まだ中をよく確認していなかった。散らばった文房具を腕で払い、ドリルのつるつるした紙面に並んだ数式の上に辞書を置いた。ドン、という音が、僕の思考をさらに辞書に集中させる。きっと、もう宿題には戻れない。それに少し遅れて「受験生なのに」と、自分の中の誰かがささやく。
とりあえず今は辞書だ。胸を締め付ける鎖をふりほどくように、僕は辞書の向きを変えて、側面を上にした。紙が何枚も重なっていて、少しだけインクの香りがする。辞書といっても、少し厚い単行本くらいの厚さだ。よくある五十音の各行を分ける印は無く、無愛想な感じがした。
とりあえず、真ん中辺りのページを開いてみた。文字で埋め尽くされた辞書の中身が露わになる。ページの右上の言葉は、「月」だった。
月【つき】
晴れた夜空にぽつりと見える星。満月とか新月とかになる。それと、一月とか二月とかの意味もある。
これは普通の辞書ではない。語釈を読んだ途端、そう思った。辞書特有の堅苦しいイメージからかけ離れた、やけ軽い文章だ。それまで見ていた言葉の森が、急にその色を変える。
隣の言葉は、「突き」。
突き【つき】
手とか棒とかを、人の体に直線的に当てる攻撃。多分、あまり効かない。
次は、「尽き」
尽き【つき】
何かが無くなったりすること。そろそろボールペンのインクが尽きそう。
ボールペンのインクが尽きそう。この文章によって、僕がこれまで抱いていたイメージが粉々に砕け散った。これが国語辞典として使える物ではない事は確かだ。
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