3「教室の男」

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 この辞典にはある特定の人物が感じたことや考えたこと、つまり主観が語釈として書かれている。ある特定の人物。それはもちろん、吉田広樹、ただ一人だ。  細かい活字たちから視線を離さずに、視界の端にあったスマホを手に取った。ボタンを押すと、いつも通りのロック画面が現れる。木村からの返信は途絶えたままだ。  とりあえず、グーグルを開いた。真っ白な入力画面に、「吉田広樹」と打ち込む。親指のいつもより速い動きを見て初めて、自分が興奮している事に気が付いた。暗い道の途中で、明るい街へと続く隠し通路を見つけたみたいな、何かが変わるような感じがした。もしかしたら、これはただ逃げているだけなのかもしれない。  吉田広樹という問いに対するインターネットの回答は、イエス、というより、ノーだった。それまで予想していた偉い教授や著名な作家などは姿を見せず、同じ名前のTwitterアカウントがちらほらと出てくるだけだった。  吉田広樹とは、一体誰なのだろうか。これがもしも本当に誰かの主観で書かれたものだったら。
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