悲しみのそばに

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 いよいよか細い最後の糸が、役目を終えることを名残惜しむかのように小さく揺れ始めた時、死神はその瞬間が近いことを知った。次が、男の最期の言葉。  男は、残された全てを絞り出すように、乾いた喉を震わせ、息を大きく吐いた。 「……最後にもう一度、会うことができて良かった。これでもう思い残すこともない。こんなことを言う資格はないかも知れないが、お前たちの幸福を心から願っている。本当に、本当にありがとう……」  男の目から涙がこぼれ、頬を伝って静かに落ちた。深くしわの刻まれた顔に、かすかな笑みが浮かぶ。そして、それと同時に、糸は音も無く弾けて燃え尽きるように消えた。  安らかに死を受け入れた魂は、羽化の時を迎えたように、静かに浮かび上がり肉体を離れる。死神は、それを優しく手のひらで包み、取り出したランタンの中へと移した。そうして死者の魂を導くことが、死神に与えられた役目なのだ。  死神には、男の抱えていた事情までは分からない。恐らくは誰か親しい者と大きな確執があり、そのことを酷く悔やんでいたのだろう。そして、最後は幸福な幻想の中で、安らかに逝ったのだ。  いずれにせよ、男にとってそれは、良き結末だったのではないだろうか。ランタンの穏やかな明かりを眺めながら、死神はそう思いたかった。  しかし、その一方で、やはり死神の中には、やり場のないズキズキとした疼きが消えずに残っていた。誰も傷付くことなく、男自身も満足して最期を迎えられたはずなのに、何故かその疼きは、和らぐどころか存在感を増して行く。
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