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その日は、霧がひどく現れる生憎の雨だった。
憂鬱な気分で朝から大学へ行っていた俺は、夕刻になっても降り止まないその雨を駅中から見て、地球は結構泣き虫なんだなぁと少しばかり馬鹿にしてやった。
電車から降りて来る人々が屋根の下で立ち止まり、その中から数人が心を決して雨の中を飛び出す。
偶然、委員会の部室に以前置いたまま忘れていた傘の存在を思い出し、俺は今日それを持って帰って来ることができていた。
天気予報は、雨じゃなかったからなぁ。
少しばかり優越な気分で傘を広げ、水滴の降り注ぐ域に一歩踏み入れると、当たる音が銃撃音のように傘の中を巡った。
すごい雨だ。
少しばかり歩くと、数メートル先に歩く男性二人が視界に入った。
無邪気にはしゃぐ男の子と、その手を引く男性。
父と息子か。
なぜだかその時、俺の中でなんともいえない同情と善意が生まれ、気づけば自分の傘を貸そうと歩み寄っていた。
あんな小さい子に辛い思いはさせたくない、と。
家族共に大変な思いはさせたくない、と。
しかし、その歩みはすぐに止まる。
俺はそのまま二人を素通りし、彼らも変わらぬ様子で去っていく。
そっと振り返った。
雨の中を慌てて歩く二人の背中を見て、俺はこれでよかったのだと言い聞かせる。
彼らの顔は、満面の笑みだった。
余計なお世話だった。
あの二人のこの時間は、とても大切なのかもしれない。
このひとときは、きっと彼らのかけがえのない思い出の一つとなるだろう。
一生忘れることのない、あの日の記憶として…。
俺がここで、首を突っ込む必要はない。
遠く離れた親と過ごした過去の記憶をしみじみと思い出し、俺は一人傘を揺らした。
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