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体を折り、そのまま、彼女は泥道に臥せって泣き続けました。
その肌は、松明に照らされたせいではなく真っ赤で、水に潜ったように汗にまみれていました。
シオはじりじりとアオを抱え、彼女から遠ざかりました。
そのとき、背後から、首筋をひやりと冷たい手で撫でるような声がしたのです。
「お前は、大丈夫だ」
振り向くと闇に溶け込む着物を着た、白く光る肌の、背の高い細身の人が立っていました。
男のようでも女のようでもありました。髪も闇に溶け込んでいましたが、不思議な光沢のある長い髪と肌で、少し青白く光って見えました。
表情や顔立ちはよくみえず、いっそうこの世のものではなく思われました。
「お前の父は約束を守った。だからお前だけは病で死なぬ。他のものにとっては、かの肉の
力はもう失われた」
声が耳の中でこだましました。
「やくそく」
つぶやいたシオに青白い男は告げました。
お前たちが回復する為に食べた肉はアオの母のものだと。
彼女とアオは人魚だと。
お前と村人の命を救うため、その子の母は死んだのだから、
その子供であるアオの命は、この村の者が命をかけて守ると。あの夜約束したのだと。
シオの父が村人を命がけで説得し、その約束をさせたのだと。
アオの母がその約束を了承し、死んでいったのだから、他の人魚は手出しをせず見守ってきたと。
男は続けました。
「しかし今やわれらと二つ足はすでに相容れず。
その子ら母子の結末を見届けようと、近くにひかえていた俺も、
もう、地上を引き揚げる。これより先、我らはお前たちと会わぬよ」
男はそれから、アオに向かって手を伸ばしましたが、アオは怯えて兄の首にしがみつきました。
男はアオを見て思案し、やや突き放したふうに笑いました。
そしてシオに言いました。
「この山を超えればもう追手はこれぬ。彼らは、病が表に出つつあるから。
お前たちが生き延び、いつか、その子供が人間のもとでは生きられぬかたちとなったとき、
我らのもとに帰りたくなったときには、我らは、受け入れてやろう」
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