その1

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告げ終わると、男は繁みの暗がりの中へとするりと、長い魚が水へ入るように飛び込み、そのまま見えなくなりました。 男の消えたあたりの後方、はるか向こうから、人の声とかすかな灯りがやってくるのが見えました。 シオは、うずくまり、うめくおばさんを道に残し、アオを抱えて自分も繁みの中へと滑り込みました。 そのままあちこちをひっかけ、転んだり、傷を作りながらも山肌を駆け下り、 再び人が通るための道が見えたところでいったん止まりました。 人の話し声と気配を感じたのです。   あたりが安全だと感じられるときを待って、 河にまで駆け下り、その先に、渡れる小舟でも見つけられたらと思っていました。   腕の中のアオがみじろぎし、まっすぐシオを大きな目で見つめ、訴えてきました。 「シオ、おとう。おとう、たすけて」 シオはアオの口にそっと手のひらを当てました。 「しーっ」 「おとう」 「しー」 アオをなでてやりながら、シオはふと空を仰ぎました。 それまで空を覆っていた雲が少し途切れ、鏡のような満月が山を、地上を、照らしていました。   父たちが人魚の女を殺した夜のような、 以前人魚の男からの警告を聞いた夜のような、 煌々とした月でした。 月の光を浴びながら、シオの身にひとつの真実が沁みてきました。   そう、僕たちは二人きりの兄弟だということが。   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー   少年はやや黙り込んだ。   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー   それからですか? そうですね、彼らは発見されたとは伝えられていないので、逃げ切ったと思います。 子供二人で、どのように生き延びたかと思うと、それは苦難もあったでしょうが、 おそらく、こうだったと思います。   時代がすぐに激動の時代になり、この近隣の街も大きく変わり、 また、そこでは大火などの大騒ぎもあったこともあって、身元のわからない子供二人というのが、そう特別な存在ではありませんでした。 シオは、村から逃げたとき、あの時代としては、もうそこそこ下働きもできる年になっていましたから、 流れ者の年の離れた兄弟として、なんとか人の情けにもすがりながら糧を得て、シオはアオを育て、暮らしていったのでしょう。
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