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彼らは確かに我ら…人間と少し違いました。海女の何倍も水の中にいることができ、言葉も、我々とやや違います。
けれど、その年までは、この村と人魚の村は、
違うありようのものは違うありようのものとして、
近づきすぎることなく、お互い距離を保ち、
不可侵を暗黙のルールとし、ただ、そこにいる生き物、隣人として暮らしてきたのです。
その日、男衆が人魚の村からさらってきて、槍の下に捕らえているのは、人魚の村の中でも、何か罪でも犯したのか、人魚の集落からはやや離れたあばら屋に住まわされていた、孤立していた女でした。
人魚の肉にまつわる言い伝えのひとつに、あらゆる病を治す力があるというのがありました。
そのとき、万策つきた村の者は、その言い伝えにすがったのです。
それでも人間の顔をしているものを殺して食べるのはためらわれ、捕らえてすぐには決心がつかなかったそうで。
村民らは村長をはじめ、生き残っている大人や老人を集めて村中で相談し、全員で決めることにしました。
その合議の間、人魚の女を見張る役にたったのは、シオの父でした。
男達が合議のため洞穴を出て、少し離れたところへ行ったあと、
シオの父は、何本もの突き刺さった槍の下にうつぶせになっている女を見ないよう、
振り向かずに洞穴の入り口に立っていました。
そんなシオの父の耳に、法螺貝の音のような、深いうめきが届きました。
女は息がありました。人魚は胴を刺されても簡単には死なないのです。
シオの父の目には畏怖と鎮痛さが宿っていたと思います。
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