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そのとき洞の入り口に入ってきた、小さな影がありました。
まだ3つにもならないような体の、膝までの粗末な着物を着た、人魚の小さな男の子でした。
男の子はシオの父には目もくれず、よろよろしながらも脇を駆け抜け、女に駆け寄ると、小さな両手を必死に、女の口に差し出しました。
両手には、わずかな水がすくわれていました。女は頭をあげてそれをわずかに飲み、男の子を見て、涙をこぼしました。
それを見ていた父は女の脇に駆け寄り、膝をつきました。
そして、人魚に人間の言葉が通じるものかわからないけれど、
こちらもうめくように吐き出したのです。
「その子はおまえの子か。
俺にも子がいる。妻が遺したただ一人の子だ。他の村の子もみな、今にも死を待つだけのありさまだ。
許してくれなどどいわん。
約束する。おまえがおまえの命で子供らを助けてくれたのなら、俺はおまえのこの子を、
俺の命をかけて助けよう。
約束する。必ず」
女はかっと瞳を見開いて父を凝視しました。目は、金色に光っていたそうです。
そして何事か、自分の子どもに言って聞かせました。
そして、そのまま息をひきとったのです。
次の日、村の、病にかかって伏せっていた者たちは、皆、固くこりこりとした、白身の魚のような、不思議な肉を食べさせられました。
病にかかったものだけでなく、発症の予防にと、生き残っていた村の全員が、一切れずつその肉を口にしたのです。
そして三日もすると、ほとんどの病人たちが、山野を走れるほどに回復したのでした。
新たに発病する者もありませんでした。
大人たちは山の神が祈りを聞き届けてくれたのだと、子供たちに言い聞かせました。
さて、シオですが、熱病から回復して起きてみると、家族が一人増えていました。
三歳ほどの色の白い男の子でした。
父は、この子は村を出ていた自分の遠縁だが、このたび同じ病で親を亡くしたので引きとったと説明しました。
ええ、ご想像の通りです。
その子供は、人魚の女が遺したあの子です。
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