神様の見る映画

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私は何度もその映画館に通った。もちろん、成人指定の映画でなく、真夜中の神様に会いに。老人はいつも珍しい映画を見ていた。テレビで宣伝されているようなものを見ることはなかった。 悲しい映画を見たりすることもあり、私が涙を流して伏し目がちになると、 「悲しいかね。映画は喜劇だけでないし、幸福な結末も保障されない。映画とは人生とも同じだから、仕方ないのです」 と老人は言ったのを、よく覚えている。 もう上着が必要になった十月。 いつものように老人と映画を見て、昼まで寝ていると、家のチャイムがなった。不動産屋が満面の笑みで立っていた。右手には菓子折りを抱えている。 「いつもご苦労様ですね」 「いえいえとんでもない、今日はあなたに朗報がございまして」 「なんでしょう」 菓子折りを受け取る。カステラの甘い香りがする。 「毎日寝不足で大変でしょう、もう深夜の騒音に悩まされることもありませんから」 「そんなに気にしていませんけどね」 「まあまあ、もうあのいやらしい映画館は無くなりますから。ご安心ください」 「無くなる?」 「取り壊して新しくコンビニが入るんです。その間工事の音がありますが、日中だけですので夜は快適に眠れますよ」 そういうと、不動産屋は工事案内のお知らせの紙を私によこした。 「もちろん家賃などは同じままですからご安心を。ぐっと良い生活になりますよ。それでは」 不動産屋は満面の笑みで帰って行った。 寝ぼけ眼の私は、玄関の扉を閉めてから、もうあの映画館が無くなる、ということを理解した。あの深夜の映画鑑賞がなくなってしまうのだという。私のささやかな楽しみだったというのに。 午後になると、早くも工事用の車が何台も止まった。案内をみると、本格的な解体作業は明日から行われるとのこと。 「ちょっと待って、何も聞いてない……」 思わず声にした。映画館との別れが、こんなにあっけないものだなんて。
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