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深夜0時。
いつもなら成人映画が上映される時間だったが、今日は静かだった。外を走るトラックや、遥か空の旅客機のエンジン音が良く聞こえた。確かに、これはこれで快適なのかもしれない。
映画館がなくなる、ということに対して、正直、よく分からなかった。何となく、今まで当たり前だと思っていたものが無くなってしまう感触を悲しみと名付けることはできなかった。
寝間着に着替えた。深夜の映画も見ることはないから、もう寝ようと思っていた。あの神様とかいう老人はどうするつもりなのだろう。私はまだ、神様であるということを疑っていた。
こんこん。
扉がノックされる。
こんな深夜に誰だろう、覗き穴から見ると、誰も立っていない。
少し怖くなったが、扉を開ける。つんざきそうなくらいに寒い夜風。階段のあたりから、誰かが、駆け下りる音が聞こえる。恐る恐る外に出て、階段を降りる。あの映画館の前にたどり着く。
映画館の入り口には、カラーコーンが立てられて立ち入り禁止の札が掛けられていた。映画館からは何の音も聞こえない。
けれども、呼ばれている気がした。
扉を開く。
眩しくて目を覆う。スクリーンには、一面の白が映されていた。
いつも通りの、煙草の匂いとほこり。
「お待ちしていましたよ」
いつもの神様が立っていた。
「あなたが私を呼んだんでしょう?」
「さて?」
とぼけると、老人は少し悲しそうに笑った。
「ここ、なくなるみたいですね」
「そうさ、だから最後に特別な映画を見ておこうと思うのですよ」
そういうと彼は客席から立ち上がった。
「この映画は、君にとっても特別であり、そして普通な映画だと思いますよ」
老人は私の方を向き、
「スクリーンの前に立ってくれるかい?」
「え、私?」
「はい、あの真っ白なスクリーンの前に」
私はよくわからないまま、客席の一番前に立ち、老人の方を向いた。
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