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「おや、どうしました?」
客席の一番後ろでスクリーンを見たまま立ち尽くしている私に、誰かが声をかけてきた。男の声だ。客席の真ん中から、誰かが立ち上がり私を見てきた。スクリーンからの逆光で顔はよく見えない。
「映画がもう始まっていますので、こちらにどうぞ」
男の人は、手招きをして私を呼んだ。
「こちらに座りなさい。ここはよく見える」
私はその声と手に招かれ、通路を通っていく。足元には捨てられたコーラの瓶。
隣まで来ると、その人は白髪で髭を蓄えた老人だった。上品なスーツを着ている。まだ手招きをするので、寝間着のまま私は隣に座った。ソファからほこりが舞って、光に照らされキラキラと反射する。
「映画はお好きですか?」
「……」
私は緊張と、混乱の中で何も答えられなかった。
「もちろん好みはありますがね、客席の真ん中あたりに座るのが一番良いのです。最前列だと、首と目が疲れてしまう」
にこにこと笑っている。
「けれども後ろ過ぎてもいけない。なぜなら文字や表情の機微が見辛いから……」
「あの」
私は思わず声をあげた。
「どうしました?」
「聞きたいことが山ほどあるのですが」
「ほう、映画中は遠慮いただきたい、と言いたいが、私は既にこの映画を30回は見ているのです。いいでしょう、お答えしましょう」
相変わらずぽかんとしている私の方を、彼は向いた。
よく見ると外国の方のようだ。鼻が高く、目が青色。
「なんでこんな時間に映画がやっているんです?」
「それはね。私が見たくなったからですよ」
「ここの管理人ですか?」
「違いますよ。管理会社の人ならいるようですが」
「じゃあ、ここに住んでいる人です?」
「もちろん」
「どこの階の人です?」
「私はここが平屋だった頃から住んでいますよ」
妙だ、一階には居住できる部屋がない。
「やっぱり、映画館の管理人さんでしょ?深夜、誰もいなくなった所を貸切できるなんて」
「いや、私はこの映画館の神様ですよ」
「はい?」
思わず声を出してしまった。
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