神様の見る映画

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「ねえ、おじいさん、映画終わったんでもう帰りますよ」 暗闇に目が慣れてきた。 出口には非常口の緑光がある、それがゆっくりと、私の目に対応して客席を照らし始めた。 老人の姿が、どこにもない。 後ずさりをした。さっきまで、隣に座り話していた人間が忽然と消えてしまった。暗くなった瞬間に出て行ったのだろうか、そんな時間はない、足音も聞こえていない。 冷たい汗が流れた。幽霊は信じていなかったが、それは自分の目で見たことがなかったからだ。今、人が忽然と消えたのを目の当たりにした。 私は走った。じゃりっという感触を足の裏に感じた。コーラの瓶のガラスをまた踏んだのだろう。出口の扉をあけると、鎖が大きく外れ、年齢制限を示す札が床に落ちて角が欠けた。 まだ真っ暗だった。蛍光灯の薄明かりに羽虫が集っている。 外れた鎖も札もそのままに、二階への階段を駆け上がって自室に戻った。そのまま鍵を閉めると、私はベッドに飛び込んだ。 時計を見ると、時刻は3時5分を示していた……そんなはずがない。あの老人とずっと映画を見ていたのだ、時が止まったとでもいうの? 翌朝、珍しく昼過ぎまで眠っていた。鏡を見ると、目の下に隈ができていた。昨日の顛末は、夢だったのか。 身支度を整えて部屋を出る。本当は買い物に行く予定だった。一階まで降りると、あの映画館の入り口が見えた。相変わらず成人向けポスターが貼ってあるものの、扉の鎖の札は、縁が少し欠けていた。今履いている靴の裏を見ると、コーラの瓶の破片が刺さっていた。 どうも、夢ではないのだという。
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