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自室のベッドでそうするように、右を向いて、足を畳んで縮こまった。左手は口元で、右腕は足の間に挟む。ベッドという唯一のテリトリーで、荻野目はそうして眠るのが習慣だった。
体勢を変えたことで、体の中心が素っ頓狂な音を上げた。横になったところで重力はおかしいままで、胃の不快感は拭えなかったが、それでも、荻野目は満たされていた。もう二度と、この世界で目覚めなくて良いのだ。早朝の小鳥やエンジン音、隣室のボイラー、通電音、モスキート音、目を開けられないほどの日差し、甘ったるいトーストの匂い、暑さも、寒さも、何一つ感じなくて済む。感じなくて幸せだ、と思う心さえ無くなるのだ。
鼻から酸素を取り入れた瞬間、上瞼の裏を通って心地のよい睡魔がこちらを誘う気配がして、荻野目はゆっくりと瞳を閉じた。
荻野目ははじめ、夢を見た。荻野目は夢の中でだけ、五感の鈍い“人間”になれた。
最後の夢で荻野目は、狼だった。
銀色の太陽が光を伸ばす荒れた野を駆ける紅い体毛の狼で、群れから進んで逸れ、気ままに旅をしていた。もとより群れなどなく、この荒野で、狼は荻野目だけだったのだ。
「あなたはいつもそうやって、逃げるのよ」
母親の上半身が寄生した仙人掌が生えていた。
「夢を叶えても変わりやしない」
高校の頃の担任が、四肢の雨となって荻野目の頭に降り注いだ。
「殺してやる」
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