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ただそれ以上に、荻野目は、毎日が、酸欠のようだった。無理やりに頭部を押さえつけられ、ドブが波打つ桶で呼吸をしろと言われているようだった。
愛するものたちもまた、荻野目にとっては“人間”だ。荻野目がすべてを受け入れて手を差し延べても、その手を握り返してくれる者はいない。荻野目よりも大切な“人間”が在るからだ。荻野目はしょせん怪物なので、彼らの秩序が支配する世界には、入っていくことができなかった。そのことに悲しんだりもしたが、それすらも受け入れた。恐らく、そこで抗い苦しまないのも、荻野目が非人間たる所以だった。
向かいの席の窓に広がる夜景は、荻野目には宇宙のように映る。火星の内臓に爆竹を詰めてぶちまけて、そこに金ぴかの住人が卵を産みつけている様子だ。ヘッドフォン越しのアナウンスは乱反響し、風と滑車の駆動音で掻き消されて理解できない。木枯らしが運ぶ人々の靴や皮膚の強烈な獣臭さに胃がひっくり返されそうになり、席の隣ではしゃぎ倒す女子高生の腕が自分の肩にぶつかるたび、 その体温に酷く怯えた。目の前にいる人間に血が通っているという現実が、途方もなくグロテスクだった。荻野目が不快に思うことを何とも思わない人間がひしめき合っているのが、違和感という海の大渦に飲み込まれていく錯覚を覚えた
。
― やはり、死ぬべきだな。
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