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荻野目はひとまず。寂れた駅から少し歩いた場所に門を構える、昔ながらの居酒屋に足を運んだ。赤い提灯と中から聞こえる複数人の男性の愉しげな声から察するに、地域密着型、お客は近所の人しか居ないと見た。
「おお、いらっしゃい」
「どうも」
「あれ、お兄さん、この辺の人?」
「いえ。…ええと、出張で」
こう言えば深くは詮索されない。
「そっかそっか。寒かったでしょ~!今おじさん達で飲んでんのよ、うるさかったらごめんねぇ!」
「大丈夫です」
「とりあえずビール?」
「いえ、あの、熱燗で」
「お、いきなりいくね~!はい、じゃちょっと待っててね。これ、お通しの塩キャベツ。おかわり無料ね」
この飲み屋特有の雰囲気は、荻野目にとって世界でも数少ない好きな空間だった。みんなが笑顔で飯を食い酒を飲み、友人や見知らぬ隣人とさえ、肩を組んで面白おかしく身の上話をする。大体みんな酔っているので、大事な話もそうでない話も、戦場で交錯する矢のように、あられもない方向へ飛んで行って、放置される。それがたまらなく自然体で、そんな瞬間だけは、人間が愛おしかった。
「お兄ちゃん、強いの?ちょっとこっち来なよ」
「それがいい」
「オッサンたちとじゃ嫌でしょ~!」
「とんでもない」
赤ら顔のサラリーマン達に誘われて、奥の座敷席に上がった。
「兄ちゃん、最初入ってきたとき女かと思ったよ。歳、いくつ?」
「二十五です」
これも嘘だった。
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