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狂おしいほど甘やかな花の香りは、容易にユウイの夢に忍び込んで、意識を揺さぶった。遠くから玲瓏と鈴の音がして、ゆっくりと近附いてくる。
すぐ傍らに、跪く人の気配がするけれど、瞼は開けない。瞼は重い。心ゆくまで睡っていたい。目覚めることが尊いとは、とうてい思えないのだし。
ならば飽くまで惰眠を貪っていたい。天成の怠け者の肉躰は、するすると夢の世界へと舞い戻ろうとするけれど、この花の香りが邪魔をする。憎らしく覚醒をうながす。掛布をたぐりよせ、胎児の如く背を丸める。
「さ、お起きになって」
その声に、つい、答えてしまう。「あと五分」
「なりません」
水面を、叩いた飛沫のつめたさのような返し。それでも夢境の名残り惜しくて、「あと三分」
「いけません」
男の手で容赦なく掛布は剥ぎ取られる。内股がすうすうとする。いつの間にか下着をつけてはいなかった。裸の足先をこすり合わせながら、観念して瞼を開ければ、寝台のまわりは多彩の花が妍を競っていた。
「どうして花なの、」
「みな貴方様へ捧げる花ですよ」
まだぼんやりとする少年の躰を、長躯の男は羽毛のように抱き上げて、そのまま寝所を出て隣の間に移る。男の玄い足袋が、床に敷きつめられた花の頸を散らした。
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