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互いの精を搾り尽くすような、深く濃い交わりの後、しばらく放心していた奏風が、そっと身じろぎした。
「蝉……鳴いてる」
「ん?……ああ……」
湊音が顔をあげ、襖の方を見ると、奏風は気だるげにゆっくりと身を起こした。すっかり脱げてしまった寝間着を引き寄せ、両肩に引っ掛けて、少しよろめきながら立ち上がる。
足を引きずるようにしながら、襖の方へ歩いていく奏風を、湊音は身体を起こして、目で追った。
襖をカラッと開けると、まるで遠い世界から唸るように響いてきていた蝉の鳴き声が、その瞬間、一気に部屋に流れ込んできた。
「うわ。すごいな」
ちょっとたじろいだように、小さな声で奏風が呟く。
湊音は布団の上に胡座をかいて、脱ぎ散らかしていた寝間着を羽織った。
「あの鳴き声は、ヒグラシだね」
「ああ。カナカナカナって鳴いてる」
「昼間ジージー泣いてる蝉って、うるさくて暑苦しいイメージ、あるけど。こんな時間だからかな、なんだかすごく寂しそうに聞こえる」
「そうだね。まるで、哀しい、哀しいって……森が泣いているみたいだ」
浴衣を肩に羽織っただけの奏風は、後ろから見ていると、頼りないほど華奢で儚げだった。
そのほっそりした後ろ姿を見ていたら、森の深い暗闇と、蝉が奏でる物悲しい泣き声が、そのまま奏風を連れ去ってしまいそうな、奇妙な不安に襲われた。
(……奏風……っ)
湊音は慌てて立ち上がって、奏風の傍らに走り寄ると、そっと後ろから肩を抱く。
「か、風邪ひくよ、兄さん」
混乱して、思わず見当違いな言葉が口をついて出た。
奏風はうっとりとこちらを見上げて微笑むと
「俺はこうしてお前のそばにいるよ。そんな顔、するな」
「……うん。そうだよね、うん」
湊音は、一瞬浮かんでしまった嫌な情景を、慌てて頭から追い払うと、奏風の身体をぎゅっと抱き締めた。
奏風はこうして毎年会う度に、儚げになっていく気がする。抱き合えば互いのぬくもりを実感出来るのに、手を離すとそのまま消えていってしまいそうで、湊音は言い知れぬ不安に怯えるのだ。
もしかしたら……今年の逢瀬が最後になってしまうんじゃないかと。
(……ううん。違う。そんなはず、ない)
奏風は自分との約束を違えたりしない。
こんなにも自分を……愛してくれているんだから。
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